糖尿病網膜症
糖尿病網膜症
血液中の糖分(血糖)は赤血球内のヘモグロビンという蛋白と結合し、糖化ヘモグロビンとなります。糖化ヘモグロビンの割合を測定した値をヘモグロビンA1c(HbA1c、%)と呼びます。血糖値は測定時間によってまちまちですが、HbA1cは過去2-3ヶ月の血糖の平均を示しており、血糖値のコントロールに重要な指標となります。HbA1cが高いということは高血糖が長期間持続しているということです。HbA1cが8.0%を越えていると網膜毛細血管の内壁(内皮細胞)がダメージを受け炎症を起こします。これにより毛細血管が閉塞、もしくは血管内壁が弱って血液の水分とタンパク質が血管外漏出を起こします。毛細血管が閉塞すると網膜細胞が虚血という血液不足状態になり、細胞死が始まります。このときにVEGFというサイトカインが放出され、新生血管という脆い血管が発生したり、血管内壁の漏出(透過性亢進)が起こります。
網膜新生血管は脆く、硝子体が収縮したときに血管が破れて硝子体出血を起こし、突然の片方の目が見えなくなります。
水晶体の奥に大量の出血があり、眼底が診察できない状態
血管からの水分、タンパク質の漏出は網膜内にむくみ(浮腫)を引き起こします。特に視野中心の見え方に相当する黄斑部分に浮腫を起こしやすいため、中心視力が低下します。長期間治療をしなかった場合はずっと真ん中の見えにくさが残ります。
光干渉断層計による断層写真。黒く抜けた部分が黄斑浮腫。
発生した新生血管と硝子体膜、漏出したタンパク質が癒合して増殖膜というカサブタのような膜が形成されると牽引性網膜剥離という続発疾患を引き起こします。また新生血管が隅角に発生すると房水循環が悪化して眼圧が上昇し血管新生緑内障を引き起こします。牽引性網膜剥離や血管新生緑内障は治療をしても完治させることが難しく、網膜細胞が減っていき失明に至る場合もしばしばあります。日本においては失明の原因の第2位となっています。
血管に沿って白い増殖膜を認める。
虹彩の縁に沿って新生血管を認める。
糖尿病網膜症に対する予防はまず血糖コントロールです。内科医と連携して食事・運動療法、薬による血糖降下薬、インスリン治療によって血糖値を安定させることが必要です。
糖尿病網膜症が進行し、網膜毛細血管の閉塞や出血が認められれば、まず最初にレーザー治療(汎網膜光凝固)をおこないます。レーザー治療を行うことでVEGF放出が抑制され、新生血管が発生しにくくなります。
灰色の丸い瘢痕がレーザー治療によって色素上皮が消失した場所。
網膜の断層写真(OCT:光干渉断層計)で糖尿病黄斑浮腫を認めた場合は抗VEGF硝子体注射を行うことで毛細血管透過性を抑制し、浮腫を改善させる治療を行います。
硝子体出血を認めて出血量が多い場合は硝子体手術を行い、血液に染まった硝子体を除去します。多くの場合、増殖膜や牽引性網膜剥離を合併していますので必要に応じて止血、増殖膜処理、レーザー治療、ガス置換などの治療を併用します。
血管新生緑内障は糖尿病網膜症の合併症の中でもっとも重篤な疾患です。緑内障点眼による眼圧下降、レーザー治療の追加、抗VEGF硝子体注射、緑内障手術など複数の治療を同時に行うことで眼圧コントロールに努めます。しかし糖尿病によって視神経・網膜への血流低下も伴っているため、治療をしても大幅に視力低下・視野欠損してしまうことがあります。
視神経乳頭陥が虚血により萎縮している。